別館:LTspiceで弛張発振

LEDが点滅するときの弛張発振

注意事項:

 まず重要なことがある。これから説明するのはLEDを点滅させる目的で弛張発振回路を作った場合の話だ。

 圧電スピーカーをつないだり、コイルをつないだりという話ではない。LED専用だ。

 結論を先に書いておくと、

LED点滅の場合と違う種類の負荷では、弛張発振のメカニズムが全く異なる。

 ということだ。


考察する回路

 少し遅めの周期にしたいから、抵抗器は220kΩにしよう。コンデンサはありがちな10μFで。

 トランジスタは標準収録部品の中から選ぶことにしよう。2N3904と2N3906のペアを使っておられるサンプルもあり、冒頭プロローグもそれを使った。が、LEDの電流をもう少し小さくしたい。という理由で2N4124と2N4126のペアを使うことにしよう。

 LEDは砲弾型の赤色が収録されていない。仕方がないので表面実装タイプのQTLP690Cにしよう。

 以上で、回路は次のようになった。

なお、電源立ち上がり付きで実行させる。発振回路では、かかせない。


とりあえず動かす

 LEDのアノードの電圧とLEDを通過する電流を開始から2秒分表示させてみる。

 上段の赤色がLEDの電流で、下段の緑色がアノードの電圧になっている。発振間隔は0.57秒くらい。それはよいのだが、開始ゼロ秒でLEDは点灯している。そう、開始ゼロ秒でスパイクが発生しているのが注目ポイントだ。

 いろいろなサイトでLED点滅の説明というか、弛張発振でLED点滅の動作説明があるが、ほとんどが「コンデンサにゆっくりと充電した後でトランジスタがON」という説明だ。だが、そうだったら開始ゼロ秒のスパイクは絶対に発生しない。LTspiceはスパイクを発生させている。説明とは動作が違う。説明しているのは何年も電気に携わったベテランのオジサマが多い。ベテランの説明を信じる人も多いはずだ。だが、シミュレーション結果は異なる。

 開始からのベース電圧の動きを超拡大してみよう。開始から40μ秒という短い時間だ。

 上段の赤色がPNPベースで、下段の緑色がNPNベースになっている。電源の立ち上がりもシミュレーションする設定だから、最初はどちらもゼロだ。10μ秒付近で赤色が一気に下がっている。PNPのベースはNPNのコレクタ直結だから、この時点でトランジスタがONになっていることがわかる。一気にGND付近まで引きずり下ろされている。

 説明どおりなら、220kΩの抵抗を経由して充電するが、10μ秒程度の短い時間で10μFのコンデンサは0.6Vになるのか?


コンデンサの謎1

 ちょっと寄り道してコンデンサの特性をおさらいしておこう。

 220kΩの抵抗器と10μFのコンデンサ、電源は3Vと0Vで回路を作ってみる。

 さっそく実行。「OUTPUT」の位置の電圧を表示させてみる。なお、電源立ち上がり付きで実行させないとコンデンサが最初からおなか一杯になり、正しい結果が得られないので注意されたい。イマイチ意味が分からない方は、実際にLTspiceで試されたい。

 表示時間を10秒に設定してから実行すると

 そうそう、直線にならないヤツ。電源立ち上がり付きでは正常に表示される。

 この状態だと490m秒で0.6Vくらいになる。おおざっぱで0.5秒か。10μ秒とは桁が違いすぎる。

 この時点で220kΩの抵抗器と10μFのコンデンサの組み合わせで0.6Vに達する能力は、0.5秒より短くなることは無いことが確認できた。

 もっとも、この回路は基本的なことを確認しただけのもの。コンデンサ片側の足はGNDに接続しているし。次に進もう。

 そもそものLED点滅回路で、トランジスタが全く存在しない場合を考えると、電源 → 220kΩ → 10μF → LED → GND という電気の流れになる。このとき、コンデンサの片側の足はGNDではなく、LEDのアノードに接続することになる。じゃぁ、その回路を作ろう。

 どのあたりで0.6Vを超えるか楽しみだなー。ついでに、コンデンサの両端の電圧を赤色で追加してみる。

 はっはっは。開始ゼロ秒だ。開始ゼロ秒で緑色が1.5Vまで上昇している。開始から30μ秒に超拡大してみる。

 この回路では、開始12μ秒で0.6Vになる。0.5秒の時間が必要なはずなのに、12μ秒という極めて短い時間でコンデンサに充電されるはずがない。LEDに何か特徴的なことはあっただろうか?

 LEDは電圧降下を起こす。赤色LEDだと1.5Vとか2Vとか、白色だと3.5Vとか、種類やメーカーで異なるものの、電圧降下がある。電圧降下を起こすLEDがコンデンサの足にぶら下がっているだけで電圧は大きく影響を受けている。NPNトランジスタのしきい値VBEを十分に超える電圧だ。

 部品の電圧の概念を思い出してみよう。簡単な抵抗器2個で考える。

 アノード点の電圧は、1.5V以上になる。ここで、NPNトランジスタに登場してもらうと

 GNDに接続されているエミッタから見ると、ベースは少なくともアノード点の電圧以上の電圧がかかる。LEDの電圧降下が1.5Vとすれば、最低でも1.5Vがかかる。普通の小信号用バイポーラNPNなら、当然VBEを超えている。ベースとエミッタは直ちに導通しお仕事モードになる。

 このR2をコンデンサに置き換えるだけの話だ。

 電気は電圧の低いところに向かう性質がある。いち早く低いところに到達したい。すきあらば低いところに到達したい。もともとのLED点滅回路では電源投入直後は電源の電圧はゼロだ。少しずつ電圧が上がってゆく。0.1V、0.2V… このとき、トランジスタはOFFだ。道案内の看板には「この先LED経由GND方面。通行料1.5V」と書いてある。1.5Vまで上がったら電圧の低いGNDに行けるぞ!!!

 ところが、首をちょっと横に振るとトランジスタに向かう道の看板が見える。「この先NPN経由GND方面。通行料0.6V」と書いてある。いち速く低い電圧に向かいたい電気は、1.5Vよりも低い、0.6VでGNDに行けることに気がつく。とにかく早く低いところへ行きたい。0.6Vさえあれば早く通れる道がある。わざわざ1.5Vまで待たなくてもよい。0.6Vに向かうしかない。

 そう思った電気は… 電気が思うわけないか。

 抵抗器を通過してやってきた電気は、1.5Vに上がるまで待たずとも、当然0.6Vになった時点でベースを通過しGNDに落ちる。トランジスタはONになる。最速で低い電圧のところに向かう。コンデンサのルートは通らないからコンデンサは充電されない。それを見てみよう。

 緑色がベースの電圧、赤色がコンデンサ両端の電圧になっている。開始から10秒たってもコンデンサの電圧は上がらない。

 トランジスタONのあと、電源電圧が上がって3Vになったとしても、コンデンサの抵抗器側の足は0.6V(図では0.7V)、LED側の足は1.5Vになる。抵抗器側の足からLED側の足に向かって充電されることはない。極性が逆だ。電気を水に例えるなら、坂道を登って頂上に設置されているタンクに水は溜まらない。

 コンデンサの片足はGNDではなく、アノードだ。ベース側の足は電圧が引きずり降ろされているのだ。コンデンサへの道は上り坂になったのだ。

 オジサマ達の、コンデンサにゆっくり充電してから初めてトランジスタがONという説明とは全く異なる。

LEDの部品の位置にVBEより大きな電圧降下を起こす部品を配置してあると、電源投入後すみやかにトランジスタはONになる。

 江戸っ子だったら別の表現をするかもしれない。

コンデンサの足はGNDじゃねぇよ。VBEより高さのある下駄履いてんだよ! 下駄!

 では、もともとの部品5個の回路でコンデンサはどうなっていたのか。開始20μ秒を拡大しよう。

 緑色がLEDアノード電圧、黄色がNPNベース電圧で、ほとんど重なっている。赤色はアノード電圧からベース電圧を引いた電位差になる。

 トランジスタがOFFの間、コンデンサの右足も左足も同じ電圧だから赤色の電位差はゼロだ。電位差がないから充電されない。

 建物に例えると、GNDは1階の床、電源は3階の床で、NPNベース電極、コンデンサの両足、アノード電極は2階の床だ。LED本体は1階と2階を結ぶ階段、220kΩの抵抗器は2階と3階を結ぶ階段。コンデンサは片側だけ高いということはない。電位差を発生させる他の回路がまだ動いていないからだ。3階がハイペースで上昇するのに比べれば、2階はスローペースで上昇していくが、コンデンサの足に電位差が生じるわけではない。床自体が動いているのだから。

 (ところで実は、トランジスタがONになるまでの短い間、本当に完ぺきにコンデンサの両端の電圧に変化がないかというと、極めてわずかにはある。pVとか。しかし、あまりにも小さすぎ全体的な動きに必要な変化に比べれば完全に無視できるほど小さな動きなのでこれは無視。)

 つまり動作解析の最初のステップで、コンデンサ充電が先行ではなく、トランジスタONが先行するという違いになる。動作の最初からまるっきり説明が違うのだ。

 トランジスタON先行が正しい、つまりLTspiceの計算が正しいとすれば、コンデンサを充電してからトランジスタONという説明記事は、結局ウソにウソを重ね、知っている知識を都合よく当てはめただけの自己満足記事ということになる。

 特にLED側がプラス極性の電解コンデンサの回路図を提示しておきながら、抵抗器経由で充電すると説明しているものは、電解コンデンサに逆向き充電するのを不思議に思えないのだったら、極性のあるコンデンサを使わないことだ。事故につながるだけ。中には電気主任技術者の資格を持ちながら、プラスとマイナスの区別もできない態度のでかい者もいる。

 そもそも質問サイトがぐちゃぐちゃになりだしたのは、これが発端らしい。発信元は神奈川県南東部で、「RLC」と名乗っている。電解コンデンサには極性があるからプラスとマイナスを間違えないよう十分に注意してねと言われているはずなのだが(難しく考えたい方は酸化アルミと電解液の極性でね。 → メーカー代表でルビコンさんの説明 )。


コンデンサの謎2

 先にも書いたが、LTspiceで発振回路をシミュレーションするときは、コンデンサの中身が空の状態で実行させる必要がある。現実の世界をシミュレーションしなければ意味がない。もともとの回路を中身が入ったまま実行させると、

開始直後はスパイクが発生せず、ししおどしの動作だと思ってしまう。正しく、電源立ち上がり付きでシミュレーションすると、

と、正しく表示される。LTspiceの発振回路シミュレーショでは、電源立ち上がり付きは必須だ。

 さて、コンデンサに関する2つ目の話題に移ろう。

 LEDをゆっくり点滅させる回路だから、10μFとか100μFの容量が登場することが多く、容量が大きくて極性のある電解コンデンサを使うことが多い。実に自然な話だ。

 ここで、極性はどちらの足がプラスなのか? という疑問があるらしく、未解決のまま記事を掲載とか、考えたくないから無極性のセラミックとか、私が考えたのではなくリンク先の方が考えたものなので私には何の責任もありませんとか。

 基本的にコンデンサの極性の説明は未掲載で、回路図にだけ指定が多い。LED側の足がプラス、抵抗器側がマイナスというサイトやブログの数が多い。回路はこうだ。

 抵抗器を経由してコンデンサを充電するという説明をそのまま鵜呑みにすれば、コンデンサの足は抵抗器側がプラス、LED側をマイナスにしなければならない。LTspiceで、コンデンサの両端の電圧を測ってみよう。

 全部マイナス領域だ。つまり抵抗器側がマイナス、LED側がプラスになる。計測の極性を入れ替えてみる。

 見慣れたプラスの領域になる。つまりこの回路では、コンデンサはLED側がプラスでベース側がマイナスになる。

 このコンデンサがらみの説明はあっても諸説あってどれが本当なのかさっぱりわからない。さっぱりわからないから、回路図にいたずらしてみよう。

 コンデンサの位置を、ベースの直下からLEDのすぐ近くにおいてみた。そもそも、抵抗器やベースの近くにあるから抵抗器経由で充電とか簡単に言われやすい。だから、LEDのすぐ横に移動した。電気的な接続は全く変わらない。

 変わらないのだが、少し見え方が変わってくる。

 この回路の場合、トランジスタがONのとき、NPNのベースは0.6Vになる。一方、PNPのコレクタからは電源からの電気をもろに供給するし、LEDの電圧降下分というのもある。何がどうなっているかを計算するのは大変そうだが、少なくともコンデンサの左側が0.6Vというのに比べれば、右側の足は大きな電圧になる。つまり、右側であるLED側がプラスになる。

 電気の流れは抵抗器 → コンデンサ → LED 経由でGNDに落とすルートに見えるのが諸説の原因だ。いや、他のケースでは実際にその回路もあるから、ウソの話でもない。ただこのLED点滅回路ではその説明はもはや通用しない。

 別の見方をしてみる。PNPのコレクタ出力をNPNのベースに戻す途中にコンデンサが居座っていると見る。PNPがONになれば、大きなパワーを受ける。

 そもそもLEDが点滅する発振回路というくらいだから、動作を繰り返さないといけない。繰り返すにはどこかの出力をそれより前の段階のどこかに接続する必要がある。戻すのだ。そのどこかがPNPのコレクタ発とNPNのベース着と見る。ただし、電圧についてという話だ。

 この回路でも他の回路でもそうだが、どのような動作でどのような役割かというのを事前に把握しておかないと、極性を間違えて「プシュッ」ということになる。回路をまねしたから同じはずだという安易な考えは危険だ。シミュレータの世界だけなら問題ないが。


動きの考察

 コンデンサの謎が解けたところで、もう1度本来のLEDの点滅回路を確認しよう。

 ここで、NPNのベースの電圧を確認する。

 電源は乾電池2本直列の3Vだ。ところが、NPNのベース電圧はマイナス365mVまで落ちている。乾電池2本でマイナス?

 コイルを使った回路でもないのにマイナス? 慣れていないとマイナスになるのには、びっくりだ。

 だいたいそもそも小学生とか中学生相手に、LEDが点滅する回路ですよと紹介しているが、マイナス電位が登場する時点で小学生には難しそう。中学生でも交流回路ならマイナスに抵抗ないだろうが、乾電池の直流回路でマイナス電位となると、理解不可能ではないか?

 と、それを考えるのがこの記事だった。マイナス電位の謎はそのうち考えよう。面倒なことは後回しにするのが1番良い。

 これまでいろいろと書いたので、動きをまとめると次のようになる。まだ2つしかないけど。

 電源立ち上がりつきでシミュレーションしたときは、

  1.  電源を入れると約10μ秒後にVBEの電圧より大きな電圧降下を起こすLEDを配置しているのが原因で、トランジスタが2個ともONになる。

  2.  PNPがONになったのでPNPコレクタに接続されているLEDは点灯し、コンデンサはLED側がプラス、抵抗器側がマイナスの極性で充電がはじまる。

 ただ、2の部分は正確には違うはずだ。コンデンサは中身が空だから、やってきた電気はものすごい勢いで食べてしまう。LEDにしてみると横取りされているようなものだ。そこでもう少し正確に書き換えてみる。

  1.  電源を入れると約10μ秒後にVBEの電圧より大きな電圧降下を起こすLEDを配置しているのが原因で、トランジスタが2個ともONになる。

  2.  PNPがONになったのでコンデンサはLED側がプラス、抵抗器側がマイナスの極性で充電がはじまる。

  3.  コンデンサの電圧がLEDが発光可能な電圧まで上がったら、LEDが点灯する。コンデンサの充電はまだまだ続く。

という現象が起きているはずだ。LTspiceの回路図が、光るLEDだったらわかりやすいのだが…

 LEDが点灯と消灯を繰り返すという動作のうち、LEDの点灯開始というのはトランジスタONの直後ではなく、ちょっとだけ遅れてコンデンサの電圧がLEDの発光可能な電圧を超えた時点で初めて点灯する。短い時間の出来事だが。

 コンデンサは抵抗器を通過して充電するというものではなく、コレクタに直接取り付けられているから、充電速度は結構速い。ただ、PNPは無限大の電流を流しているわけではないから、その電流の大きさに見合った速度で充電される。この回路では充電開始時の最大電流は228mAになる。2N4126の最大定格電流は200mAで…。おっと、最大定格を超えている。大丈夫だ。シミュレータではぶっ壊れない。

 そもそも、コレクタ電流の大きさは抵抗器で調整しているものではなく、hFEまかせになっている。まっ業務用製品ではなく、個人で楽しむおもちゃだからこれでいいか。


LEDはいつ消える

 さて、LEDの点滅を繰り返すという回路だから、LEDが消えなければならない。ということは、トランジスタが何らかの事象が原因でOFFになる必要がある。それを考えることにしよう。

 NPNがOFFになる時刻とそのときの電圧、コンデンサ両端の電圧が見えるようにしてみる。

 緑色がトランジスタで、OFFになる時刻は開始から約8.6m秒と表示される。LTspiceの画面ではマウスを動かして情報が見られる。電圧が一気にさがっているからわかりやすい。ただ、その下がった底は0Vではなく、もっと低いマイナスの電圧だ。さっき出てきたマイナス365mV。

 それに比べると赤色のコンデンサの両端の電圧は急激な変化がないように見える。ただ、よくよく見るとトランジスタがOFFになった位置では赤い水平線になっている。ところが、その水平線は左で1ドット分下げっており、右側でも1ドット分下がっている。もしかして、グラフは山になっているのではないか? ということで、超拡大してみよう。

 やっぱりそうだ、山になっている。山の頂上は約8.6m秒で、トランジスタがOFFになる時刻と一致する。

 ということは、コンデンサの充電が進んで電圧が上がっていくが、頂上の電圧1.906Vになったときにトランジスタが切られてしまったということらしい。なにせ、トランジスタがOFFになると充電できない作りになっているのだから。

 コンデンサの電圧が上がると何が起こるか? もう1度グラフを戻そう。

 2m秒では、赤色のコンデンサの電圧は1.8730611Vだ。面倒なのでLTspiceの表示をそのままコピーした。このとき、ベースの電圧は770.03392mVになる。ちなみにベース電流は179.14151uAだ。

 トランジスタがOFFになる少し前の8.51m秒では、1.906152Vと703.65946mVになる。ベース電流は約20μAになる。

 つまりベースの電圧と電流は、コンデンサの充電が進むに連れて電圧も電流も下がる。トランジスタがOFFになるグラフの部分をもっと拡大してみよう。

 画面ではわかりにくいが、LTspiceの表示の機能で数値はつかめる。

 8.6225671m秒では、665.75063mVで82.347002nA(それまでμだったものがnに小さくなっている)。

 8.6226176m秒では、642.95244mVで-14.134837uA。

 つまり、この間でトランジスタがOFFになっている。コンデンサの充電が進むということはベース電圧をどんどん下げていることになる。

 それはそうだ。電源は3Vだから、いろいろな部品にかかる電圧を全部加えるときっちり3Vにならなければならない。そのうちコンデンサが大きな電圧を占めるようになれば、他の電圧が小さくなるしかない。つまり、ベース電圧がどんどん低下していったということ。やがて、トランジスタのONを維持する電圧もよりも下がってしまったのでトランジスタはOFFになったらしい。電圧が下がったのは実際にはNPNのベース以外にもあると思うが。

 トランジスタがOFFになったという言葉だけを考えると、電源投入直後10μ秒もトランジスタはOFFだ。ところが、この回路では次にトランジスタがONになるのは0.5秒以上すぎてからようやくONになる。高速点滅にならないよう、わざわざ抵抗器を取り付けたのだから。これまで登場したμ秒の単位に比べると、長い長い旅だ。


ベースのマイナス電位

 ところでトランジスタがOFFになったとき、NPNのベースは -365mV まで落ち込んだと書いた。

 トランジスタがOFFになると、電源 → 220kΩ → 10μF → LED → GND のルートになる。

 ところが、コンデンサは1.9V分の電圧を溜め込んでいる。充電して1.9VになったからトランジスタがOFFになったのだった。

 すると、電源の3Vとコンデンサの1.9Vを直列につないだ回路になる。コンデンサはLED側の足がプラスだ。まるで電池を2つ直列にした状態だ。合計電圧は3V + 1.9V = 4.9V だ。

 ところがLEDは使用時の手数料をさっぴく。この回路のLEDだと、小電流のときはだいたい1.5V程度をさっぴく。ちょっとマニアックだがこれを1.535Vと仮定しよう。

 すると、LED以外の電圧は4.9Vから1.535Vを引いた残りの電圧だから、4.9V - 1.535V = 3.365V になる。

 電源の電圧は3Vだから、全部の部品の位置の電圧を足すと3Vにならなければならない。LED以外の残りの電圧は3.365Vだから、3Vから3.365を引いた値がベースの電圧になるから、3V - 3.365V = -0.365V = -365mVになる。そう、何回か出てきたベースの電圧がマイナス365mVまで落ち込んだという数字だ。

 乾電池2本で3Vの回路でコイルも登場しない回路だが、マイナスの電位は普通にありえるということ。

 途中で出てきた4.9Vという電圧はテスターでは測れない。PNPがOFFになってしまうと、コンデンサのLED側の足はLEDのアノードでもあるから、測っても1.5V程度の電圧降下分だけしか見えない。反対側の足は測っても-365mVのようなわかりにくい小さな数値しかない。だから電圧のグラフを普通に表示させても4.9Vという数値は見えない。見えないから動作をわかりにくくしている。


LEDが次に点灯するまでの長い旅

 さて、トランジスタOFFでマイナスの電圧というのが解決したところで、次はトランジスタがONになるまでの0.5秒以上かかる長い旅だ。

 弛張発振回路は「ししおどし」によく例えられる。ゆっくり水がたまって、やがて一気に吐き出すというものだ。

 だが、この回路ではコンデンサが充電されている状態が長い旅の始まりだ。つまりこの回路

ゆっくり充電、ゆっくり充電、ゆっくり充電、急速放電

ではなく、

急速充電、ゆっくり放電、ゆっくり放電、ゆっくり放電

となる。コンデンサがいきなり放電せず、0.5秒以上の長い時間をかけてゆっくり放電するのはどこかに抵抗器があるということ。そう、220kΩの抵抗器が遅い放電の主因だ。

 つまり、この抵抗器は2つの役割がある。

  1. ゆっくり放電するための時間調整用。値を大きくするほどゆっくり。充電時は使用されない。

  2. NPNのベースに過大電流を流さない。

 だから、高速発振の目的で抵抗値を小さくするとき、ベース電流の大きさに注意する必要がある。

 オジサマ達は抵抗器とコンデンサを接続し、どうやってコンデンサの充電時間を調整するかを考え回路を作ってきた。扱いやすい変化になるように半固定抵抗の大きさを苦労しながら考えてきた。遅延回路も作った。リセット回路も作った。だからコンデンサ充電の知恵を持っている。だが、放電についてはなりゆきに任せて急速放電することが多かった。まさか、放電時間を抵抗器で調整するとは思わなかったはずだ。

 コンデンサがゆっくり放電する観点でグラフを見てみよう。

 下段の緑色がコンデンサの両端の電圧、上段の赤色がNPNのベースの電圧になる。緑色のコンデンサはゆっくり放電するから時間をかけて右下がりになる。時間をかけて充電するのであれば、右上がりになる。つまり発振1周期の大部分の時間は放電を行っている。オジサマ達が得意とする時間をかけた充電ではない。

 時間をかけた放電だ!

 コンデンサの電圧が高いとNPNのベース電圧が下がるのは先に書いた。コンデンサが1.9Vだと4.9Vが出てきて…というヤツだ。逆にコンデンサの電圧が低いとNPNのベース電圧は上がる。だから、コンデンサが放電するとともにNPNのベース電圧は上昇していく。やがて、ベースの電圧がVBEを超えたら再びトランジスタONというわけだ。

 この回路では、電源投入直後こそコンデンサは中身が空だが、それ以降はおよそ1.2Vと1.9Vの間を行ったり来たりする。電源が入っている限り中身が空になることはない。「逆向き充電」が起こることもない。

 コンデンサが放電する計算式は難しそう。何しろ直列の電池の片方だけが電圧が下がっていく状態だ。LEDの電圧降下も固定数値ではないし。面倒なことはコンピュータでも使って…ん? LTspiceはそれを計算しているから表示しているのだった。

 ところでLEDはいつ消灯するのか? についてはまだ書いていない。だが、ここまでくれば簡単だ。

 コンデンサが長い時間かけて放電するときは、電流はμAのオーダーで、非常に小さい。220kΩの抵抗が原因だ。すると、LEDはその前で消灯していることになる。となると、PNPがOFFになるまでは点灯させるのに十分な電流が供給されていたから、PNPがOFFになったらLEDは消灯するということだ。


定格とか

 ところで、この回路で出力段側のPNPトランジスタの電流をグラフにしてみよう。

 下段の緑がベースの電流、上段の赤色がコレクタの電流になっている。ベースの2倍も増幅されていないという話は横においておく。

 赤色のグラフで、2N4126のコレクタの最大定格電流は200mAで、電源投入時に少しオーバーしている。一方、緑色のベースはスパイク時は180mAある。小信号用トランジスタには似合わない大きな数値だ。

 メーカー資料に最大ベース電流の記載はない。ちなみに東芝の2SA1015は50mAまでだ。一概に比較はできないのだが…。それをコントロールする回路でもないし。部品点数が少ないのがこの回路の特徴だし。実際に作る気もないし。

 東芝製トランジスタを使って実際に製作した例が多いのだが、本当に定格範囲内に収まるようになっているか、ちょっと疑問。

 確かに発振回路ではあるものの、安心して使用できるものとはちょっと縁遠いかも。微調整もほとんど不可能だし。hFEまかせだし。


2SC1815と2SA1015

 考察とは全く関係ないが、(元)東芝製の2SC1815と2SA1015でシミュレーションしたい願望をお持ちの方は、このページとは別のページ「基本的な発振」にちょこっとだけ書いてあるので、興味のある方は参照されたい。


考察の結論

 オジサマ達が一般的に説明している、

電源を入れたらコンデンサをゆっくり充電し、ある程度電圧が上がったらLEDを点灯させ、コンデンサの急速放電を行う。これを繰り返す。

 という説明内容とは全く異なり、

電源を入れたらコンデンサを急速充電し、ゆっくりとコンデンサの放電を行う。これを繰り返す。

 とLTspiceはシミュレーションしたという結果になった。最後にコンデンサの電圧とLEDの電流のグラフを開始から2秒分表示しよう。

 LEDの部品の位置にVBEより大きな値の電圧降下を起こす部品を配置すると、このようになった。

 だが、電圧降下を起こす部品だと考えやすいというだけで、半導体だけとは限らない。抵抗器を配置した分圧の結果、ベースの電極の電圧がVBEを超えるケースなど、何の部品を配置するかで動きが変わる。面倒でも、それぞれのケースでトランジスタ先行タイプなのか、コンデンサ充電先行タイプなのかを確認する必要がある。実機の作成前に回路シミュレータを使うのも1つの方法である。

 なんてね。電子工学を知らない人間が考えたこの話。本当なんだろうか。本当の結論を私は知らない。実機があれば、電源投入の瞬間にLEDが点灯すればトランジスタ先行タイプ、電源投入から遅れてLEDが点灯すればコンデンサ先行タイプだと確認できる。興味のある方は実機でやってみてはいかがだろうか。

 ちなみに大学の講義資料がインターネット上に掲載されており、自宅でも資料が見られるケースが多い。元国立大学だった青森県弘前市の某H大学の講義資料でも、LEDを点滅させるこの回路で、コンデンサに充電してからトランジスタがONと教えているらしい(その割にはコンデンサはLED側がプラスで逆極性)。ということは、大学の講義が正しいと仮定すれば、LTspiceはこの程度のシミュレーションもできない役立たずソフトという結果になる。

 LTspiceが役立たずだったら、世界中で使われていないのだが…


でシミュレーションではなく現実はどうなのか?

 この水平線より上の記事は過去執筆のものだが、新しい情報を入手したので記事を追加しよう。

 「ねがてぃぶろぐ」さんの2010年の記事で、ほぼ同一回路でコンデンサ両端の電圧をオシロスコープで計測しておられた。ただ、ねがてぃぶろぐ さんは動作原理の詳細は触れていない。イマイチ動作原理がすっきりしないと、ご自分でコメントに書いておられる。

 回路シミュレーションと実測の比較

 この記事中のグラフで、緑色と赤色の線がギザギザカクカクになっているのがオシロスコープの実測だ。ただ、オシロの基準電位をPNPコレクタにする必要があったので、緑色の線は右上にのぼるグラフになる。が、計測電圧が逆転しているので右上がりということは、通常のプラス領域の計測で考えると上下が逆転し、右下がりになる。コンデンサ両端の電圧は時間をかけてゆっくり降圧しているのが計測できている。掲載記事のグラフの上が0V方向で下が -3V 方向なのに注意されたい。

 もちろんコンデンサの中身が空つまり 0V になることもないし、逆向き充電が起こらないのもLTspiceとぴったり一致

 すなわちLTspiceがシミュレーションした、

電源ONでトランジスタON、コンデンサ充電後ゆっくりと時間をかけて放電

という内容は現実の出来事だった。その位の能力が無ければ世界に向けてソフトを配信していないだろう。

 長い時間をかけて放電する様子が実測されている以上、机上の理論や言い訳は全く必要ない。長時間かけて充電するストーリーなどありえない。コンデンサの電圧が右上がりなのか右下がりなのかわからないヤツもいるし。

 結局インターネットのサイト、ブログなどで一般的に説明している、

「電源ONでコンデンサに充電してからトランジスタがON」は真っ赤なウソ

だった。

 ネットの質問サイトの回答もウソだらけ。自分の知識レベルが高いと勘違いしたバカ丸出し。安易で適当な世界。質問者に親身になるのではなく、自慢披露の場に使っているだけ。他にも他人のブログに要求もされていないのに長々と説明を書き込むなどもってのほか。上から目線の態度のでかい連中ばかりだ。いや、専門知識を持っていると称する詐欺師も混じっているに違いない。数少ない、トランジスタがすぐにONになると書いた方もおられるが、周囲にかき消されている。お気の毒に。

 これが日本の電子工学である。これでは若者が育たない。若者を育てたいのなら、知ったかぶりで書き込まないことだ。「だと思う」と書いてあれば別だが。

 どうせ書くのなら手間をかけてでも説明し、他の回路に応用するときは十分確認してねと書いてあれば楽しい電子工作になるし、半導体の不思議がきっかけで、その道を進んでみたいと思う人物も出てくるというもの。若者だけとも限らない。転職組もいるのだから。人手不足の折、将来の人物にしっかりと興味を持ってスタンバイしてもらうことだ。

 既にウソを信じた若者が、説明ビデオを作ったり、ブログの参照先にしたりと、被害が出ている。

 ところで言い訳するヤツのうち、次の画面が見えていない者も一部にいるし。コンデンサの電圧が右上がりか右下がりかの判断もできないし。LEDの電流を見てないし。

 業務用に使えない実用性のない回路ではあるが部品点数が少なく、子供向けの材料としては向いている。だが子供向けだからと、知ったかぶりでウソを教え込むのはとんでもないことだ。

 なおLED点滅目的の場合の動作のまとめを掲載するのを忘れていたので、今さらながら、ここで主な動きを掲載。LTspiceのシミュレーション結果であり、かつオシロスコープで確認された事実だ。

  1.  電源を入れるとVBEの電圧より大きな電圧降下を起こすLEDを配置しているのが原因で、トランジスタが2個ともONになる。

  2.  PNPがONになったのでコンデンサはLED側がプラス、抵抗器側がマイナスの極性で充電がはじまる。

  3.  コンデンサの電圧がLEDが発光可能な電圧まで上がったら、LEDが点灯する。コンデンサの充電はまだまだ続く。

  4.  コンデンサの電圧が上昇するとともに、NPNのベース電位が圧迫され電圧降下が起こる。

  5.  ついに下降中のNPNベース電位がVBEを下回り、トランジスタOFF、コンデンサ充電中止、LED消灯。

  6.  ただちにコンデンサの放電開始。長時間かけてゆっくりとコンデンサの電圧が下がるとともに、NPNベース電位が上昇

  7.  しばらく経過した後、上昇中だったNPNベース電位がVBEを上回り、トランジスタON


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